霧島神宮
御祭神は天孫降臨神話の主人公であり、天照皇大神の孫ニニギノミコトです。社殿は、霊峰高千穂峰の脊門丘や高千穂河原にありましたが、高千穂峰の噴火でことごとく焼け、現在の社殿は1715年薩摩藩主島津吉貴により建設されたもので、絢爛たる朱塗りの本殿、拝殿、登廊、勅使殿等は平成元年国の重要文化財に指定されております。八百万の神々をお祭りする神宮で全ての願い事に御利益がると言われております。
地図

霧島東神社
御池の畔の社殿は、うっそうとした木立の中に立つ。天孫降臨の聖地霧島山を中心として発生した霧島六社権現の一つの社である。

鹿児島神宮
御祭神はホホデノミコト(山幸彦)で、日本神話の海幸彦と山幸彦ゆかりの神社です。平安時代に宇佐八幡が九州各地に別宮を作ったことに伴い、八幡神が合祀されてから大隅正八幡宮とも言う。戦国時代から江戸時代には島津氏の尊崇を受け、明治以後は官幣大社となった。当社の北西13kmには、ホホデノミコトの御陵とされる高屋山上陵がある。

蛭児神社(ひるこじんじゃ)
祟神はヒルコノミコトです。ヒルコノミコトはイザナギ・イザナミの子供で、足が不自由だったそうです。高天原からあめのいわくす船にのり漂着したのがこの場所で、やがて楠がうっそうと茂る森となり「奈毛木(なげき)の杜」と呼ばれるようになりました。

石体神社(せきたいじんじゃ)
鹿児島神宮の祭神ヒコホデノミコトの妻ウカヤフキアエズノミコトが出産で安産だったことから安産の神として信仰されている。ご神体は石であることから割れて多く分かれることから多産・豊穣とされる。

和気神社
奈良時代から平安時代にかけて国の官僚として活躍した和気清麻呂を祀った神社。称徳天皇の時代、皇位を奪おうとした道鏡の陰謀を挫いたころから、道鏡の怒りをかって大隅の国に流されました。流される途中、道鏡の使者から命を狙われましたが、白い猪の群れに助けられ大隅の国に流れ着きました。やがて、道鏡失脚後京に戻され、京の街の建設や学校なども創りました。幕末、尊王思想が高まる中、薩摩藩主島津斉彬によってこの地が和気公配流の地とされ、斉彬公により松の植樹がされました。その後、土佐の坂本龍馬が妻お龍と日本最初の新婚旅行に霧島へ訪れた時に龍馬夫妻もこの地に立寄っています。
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